2020年11月24日

実家の器達

kikukoです。

土曜日は、次男の会社と新谷建設のゴルフコンペでした。

ご機嫌でご帰宅の3人( 主人 息子2人)

私は早々と就寝。 朝はいつも通りに目が覚めた。 一人で朝食を食べダラリとしていると実家の甥っ子から電話。

倉庫を片付けていて器が沢山あるから。処分する前に、叔母ちゃん見においでとTEL。

暇だったんで実家へ

行くと器がわんさか

とにかく処分するらしいので、気に入ったものだけ引き取る事にしたら、これも処分?というものまで

箱.jpeg

器 輪島塗.jpeg

明治10年の輪島塗の器。

私たちが小さい時は、お客さんが来る時だけに使っていて、2階の食器だけの物置に入れてあったもので

祖母も母も大切に使っていた。 それも処分するらしい。

呆れて物も言えない状態だけど、姪っ子もおばちゃんが持って行った方が良いといので、新谷家に持ってきた。

これは、野上家にあってこそ価値があるものだけどね。

塗りの箱の裏のは野上の焼き印も入っていたんで、新谷家に避難。

長年、お茶の世界で器を見てきて、昔の物が大切だと教えられてきて良かった。

主人も嫌がらず、処分するものではない。うちに持ってこいと言ってくれたんで、随分こちらに持って来ました。

祝いの鶴の絵の盃が20個に、お茶席でも使う朱杯など、沢山。

片付けていると、私の祖母の料理手帳が出てきた。

料理帳.jpeg

ビスケットの分量や、カステラ、黒棒 色々なお菓子の分量とイースト菌や納豆菌の使い方など書いてあった。

小さい時は、いつも一緒に寝ていて、夏は私が寝るまでうちわで仰いでくれてた祖母の手帳。

記入は明治の20年頃。 嫁いで間もなくの頃。

明治にビスケットなんてお洒落

料理が上手だった祖母を沢山思い出しました

家に戻って食器を何度も洗い。陶器類はオキシクリーンに漬け。その後ハイターに漬け消毒。

塗りの器は、何度もお湯で洗い、椿油が無かったのでオリーブオイルで磨き上げた。

家紋入りの重箱もあって、新谷家の持ってきてもな〜と置いてきたけど、これも捨てられる前にこちらに持ってくるようにした。

管理ができないらしい。

私から言わせれば、どうでもよい器を処分して、こちらを優先してほしいけど、器達も私が大切にした方が喜ぶかも

明治の時代にはもどれないのよね。燃やしたり捨てたりしたら、もう戻れない

箱の蓋があったけどそれも紛失。真田紐もなし。

箱もゴシゴシ洗って、柿渋で塗り直しました。 蓋は主人が作りなおしてくれるそうです。

真田紐も新しく購入せねば

器達も捨てられずに済んで良かったwa〜

この為にお茶を習っていたのかも

posted by 新谷建設 at 17:27| 福岡 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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